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なぜ日本は自殺を美化するのか

1 :オナニー革命:2006/11/16(木) 01:55:39 ID:H7OUts+s
日本には昔から切腹文化があったように、自殺を美化する風潮がある。
自分はだめな人間だと自殺した人に対して「潔い」という感じで。
そればかりかずるずる生きてる人を臆病者扱いするバカまでいる。
そんなのは戦死した人に「名誉の死を遂げた」と言ってるようなものだ。
しかし人間は死んだら元も子もない。死は美化してはいけないものだ。
死んだら自分の好きなことができなくなるんだから。

2 :ナナシズム:2006/11/16(木) 01:59:40 ID:1IxVhJPF
( ^ω^)2GETだお

3 :ナナシズム:2006/11/16(木) 02:59:14 ID:ug4i3+HP
さて、プライドとは?

4 :◆Ant.euEzZU :2006/11/16(木) 03:45:19 ID:RZ2sgyHy
  ┐ ┌
  ( ・ω・) < 仏教は死ぬと極楽にいけるじゃん
          キリスト教は自殺すると天国いけないじゃん

5 :ナナシズム:2006/11/19(日) 04:49:46 ID:WhCJTvAz
最新の動物学・生態学の研究報告によると、サバンナのトップであるライオンは、
雄同士が殺しあったり、雄親が自分の子を食べたりすることがあるらしい。
人間に近いサルもサバンナのライオン同様互いに殺し合うことが明らかになっている。
局部生態系においてライオンやサルを殺したり、捕食する他の動物はいない。
動物界の原則と言われた「同種同士殺しあわない」ことは20世紀までの迷信にすぎなかった。
これらは異なるヒエラルキー間の争いではないので、弱肉強食ではなく、「同肉同食」である。
個体数が減りすぎれば出産し増やせばよいが、
逆に個体数が増えすぎれば食糧やエネルギーが相対的に減少するので、
他の動物に食われるか、同種同士淘汰し、個体数を減少させる必要があるということである。
地球生態系においてトップに君臨する人間にも天敵となる捕食者はいない。
個体数が増えすぎれば当然淘汰し合わなければならない。
所詮人間も地球生態系のトップに君臨するとは言え、地球という生物の細胞にすぎず、
新陳代謝が必要だということである。
(このように地球を一個の生物と捉えたとき地球のことを「ガイア」と呼ぶ。)
また人間は細菌やウィルス、微生物などのボトムによる、
フィードバックも「医療の向上」によって解消してしまう。
ここで人間はライオンやサル以上に何らかの方法で淘汰し合う必要性があるということになる。
人間同士の強弱関係など他の生物から見れば、天上の神々や巨人の力関係なのである。
しかし一方で人間は戦争によって地球生態系を脅かす存在でもある。
人間は殺し合いすぎても、殺し合わなさすぎても地球生態系を脅かす、
ガイアにとってなんとも御し難い存在なのである。
過剰なパワーゲームも問題だが、パワーゲームを完全に否定するのも愚かと言えるだろう。
よって戦争も駄目、犯罪的な殺人も駄目となるとそれに代わる殺人の手段が必要となる。
自殺、死刑制度、安楽死、妊娠中絶、正当防衛的な殺人、寿命の恣意的な逓減…。
そのような「平和的な」淘汰の手段が開発されていくのも当然の理と言えるのである。
ある死の形態が身近に見られなくなったとしても案ずることはない。
近い将来どのような新しい死の形態が産声を上げるのか、想像してみるのも面白いかもしれない。


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